10代最後の一人旅(後編)

 

朝7時のアラームで目が覚めたが眠いので8時まで二度寝した。さっさと身支度を済ませホテルをチェックアウトし、前々から行く予定であった日本平動物園へ向かう。
私が無類のけものフレンズ好きであることは私をよく知る人間にとっては周知の事実であろう。受験期の極度のストレスによって刻み付けられたその癒し効果は今も健在なのである。ちょうど日本平動物園とコラボしているというので、期間内に行きたいと思っていたのである。むしろこのための一人旅といっても過言ではない。
静岡駅から最寄駅の草薙駅まで電車に乗り、バスがよくわからなかったので歩いて行くことにした。幸い曇り空の28℃といったところで、昨日の34℃と比べれば屁でもない。私は意気揚々と人気のない道を歩き始めた。15分ほどしてから私は汗だくになって自分の決断を後悔するが。
iPhoneのマップ曰く徒歩50分であったが、若さゆえの健脚によって、40分もしないうちに動物園の目の前まで着いた。しかしどこが入り口なのかてんで分らぬ。マップに従って歩くと「歩行者立入禁止」の看板が見え、先を覗いてみると駐車場の入口しか見えず、仕方なく反対方向へ向かおうとしたら「自動車道路につき歩行者進入不可」とのことである。このiPhone、持ち主が車に轢かれて死のうが構わないらしい。大変腹立たしい。
脇に細い遊歩道があったのでうねうねと歩いたらどうにか入口に着いた。ちょうど出発から50分である。自動車道路でウロウロしていた分を加算して帳尻を合わせるあたり、持ち主に反して嫌味な性格を持ったiPhoneである。
さて入場券を購入し、けもフレのスタンプラリー用紙を購入して園内を回る。見物の内容をくどくどと書き並べてもつまらないので部分的に述べる。見知らぬ女性にお願いして「ヒト」の檻に入った私の写真を撮って貰ったり、ジャガーの模様がアニメで言っていた通りであることに感激したり、後ろにいるカップルに羨望の眼差しを送ったり、思った以上に活発に動き回るナマケモノに驚いたり、暗い室内を駆け回るフェネックに癒されたりなどした。
スタンプを全て揃え景品を貰い、けもフレのコラボパネルも全て写真に収めたので、満足して動物園を出た。命の危険を感じたので帰りはちゃんとバスに乗った。
東静岡で上手くも不味くもないラーメンをすすってから、乗り換えも兼ねて1日ぶりの沼津である。サークルの先輩に静岡名物を尋ねたところ「のっぽパン」なるものが美味しいというので買ってみようと思ったのである。そこで駅から10分ほどのイトーヨーカドーに行ったがセブンプレミアムがあるばかりで売っていない。近くのドラッグストアにも売っていない。まさか偽情報を摑まされたのではあるまいかと疑い始めた矢先のミニストップに売っていた。ありがたく購入し明日の朝飯にすることを決意する。
今度は御殿場線に乗って静岡出身のサークルの友達がよく言う「御殿場アウトレット」なる場所に行ってみた。電車のドアが自動ドアではなくボタンを押す種類のものだったので、御殿場駅の手前からドアの前に陣取ってボタンに手をかけまだかまだかと待っていたのだが、ホーム側は向かいの扉であった。
アウトレットまでの無料バスに飛び乗って御殿場アウトレットの地に降り立って2分で気がついたことがある。オシャレと無縁の貧乏男子大学生が女の子の1人も連れずにふらりとやって来るような場所ではない、ということである。アイツとアイツがデートするのにうってつけだな、とお門違いなお節介を思い浮かべつつ人の隙間をくぐって歩く。流石に何もせずに帰るのも勿体無いので、GODIVAのショコリキサーなる甘い飲み物を飲んだ。程よい甘みに、ビターチョコがアクセントになって実に美味かった。
しかしチョコを食らうと喉が乾く。持ち歩いていたポカリスエットは一口しか残っておらず、ぐいと飲み込むとかえって甘さで喉が焼けた。水か茶が無いとまずい、と思って自販機を見るが当然のごとく全て売り切れである。しばらく歩いて別の自販機を見つけたが130円で緑茶の小さいボトルしか売っていない。独占商売による暴利的な価格であるが、喉の不快感を紛らす為に仕方なく買った。
まだ喉が痛む。昨日のホテルの室温が19℃ゆえ寒くて布団を被って寝たら逆に寝汗をかき過ぎたことや、エアコンの利いた電車に乗るのに長袖の上着を持ってくるのを忘れたことにより、体調を崩したのであろうと予想した。こうなればとっとと帰るしかないので、再びバスに乗って駅へ戻る。
駅の売店で水とサークル用の土産を購入した。なお、親に旅行のことを話すと「このクソ暑い時期に旅行するなど愚の骨頂、熱中症になったらどうするのだこの阿呆」などと説教されるのは目に見えているので連絡しておらず、必然的に土産も買わない。親不孝な息子で申し訳ない。あとはもう帰るだけなのだが、いささか熱っぽくもなってきた。確かにこのクソ暑い時期に旅行するのは愚の骨頂であった。
電車内でゲームなどしては残り少ない充電が死ぬので読みかけの森見登美彦を読んだが、国府津湘南新宿ラインに乗り換えるよりも前に読み終わってしまった。この長ったらしくて若干硬く、冴えない男の哀愁を薄らと感じさせる一人称「私」の文体は、ほとんど四畳半神話体系の影響である。なぜか部分的に太宰もある。することがなくなったので10代最後の旅の想い出をiPhoneのメモでだらだらと書き連ねている。あとはコピペしてブログに載せて、小説の広告でも載せればおしまいである。
まあなんだかんだ楽しかった。行き当たりばったりの旅は身体への負担を代償とするものの、精神に非常に良い。18きっぷは残っているので、帰省が終わったら20代最初の一人旅に出るとしよう。今度は片割れがいてもいいだろう。できれば明石さんのような麗しの乙女。
…熱のせいか、理性が角砂糖のようにぼろぼろと崩れているらしい。帰りに薬局で葛根湯でも買って飲んで寝よう。
四畳半神話大系 (角川文庫)

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